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無知は罪である :: 2015/07/04(Sat)

この間「徹子の部屋」のゲストが

プロボクシングの元WBA世界ミドル級王者の
竹原慎二さんがゲストでした。

膀胱がんとわかったときはもうステージ4まで
ガンが進んでいたらしいです。

そこから夫婦一緒にガンとの闘いが始まり、
奥さんは

「パパ、絶対死なせない!!」
その一心でいろんな病院や
手術法などを調べに調べたんですって。

そのとき、いろいろノートに書き込もうと始めた時
一番最初に書いてた文字。

『無知は罪である』

から始まっていた。

私はその言葉は本当にその通りだと思った。

膀胱にがんがあったため
膀胱を切除、そして外付けになる膀胱代わりになるストーマーを
つけなければならないはずだったものが

自分の小腸を膀胱代わりにして、体の中で膀胱代わりに
働いてもらうという手術ができる病院を見つけ
そういう手術をしたそうです。

調べて、調べて、勉強して、とことん調べ上げた結果
外付けになるストーマーをつけなかったという。

知識が最悪の選択から違う選択肢を見つけられたというのは
本当にすごいことであり、奥さんの努力の成果だと思う。

竹原さんも奥さんにはとっても感謝して、これからは
大切にしたいと心から思ってるそうです。

『無知は罪である』
この言葉はどんなことにも当てはまります。

この言葉に共感します。

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  1. 想う事
  2. | comment:1

戦後70年の今年(1) :: 2015/06/26(Fri)

日本は憲法で

「表現の自由」「言論の自由」が保証されている。

しかし、嘘はいけない。
嘘や捏造を言って
「言論の自由」はないと思う。

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熱くなり、長くなりそうなので少しずつ私が思う事を
綴りたいと思います。


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  1. 想う事
  2. | comment:0

感動して泣ける歴史 :: 2015/04/09(Thu)

今天皇皇后両陛下が太平洋戦争の犠牲者を慰霊するため
パラオをご訪問してるのはニュースで観てわかってる方も
多数いらっしゃると思います。



これはパラオ共和国の国旗です。

これを観て日本に対しての意思が現れてると
思いませんか?

パラオは昔ドイツの植民地だった。
1914年(大正3年)、第一次世界大戦が始まると
ドイツに対して宣戦を布告した日本は海軍を派遣して、
ドイツ守備隊を降伏させ、パラオを解放した。

1919年、第一次世界大戦の戦後処理をする「パリ講和会議」において、
パラオは日本の委任統治領に。

それから日本の領土になってから日本人が
道路を作ったり、学校を作ったり、病院など
いろんなものを建て島の整備をしていったのである。

それまでの白人による植民地時代とは異なり、
日本人の礼儀正しさや、節度、道徳心、
他民族を思いやる心などが認められ、
日本人はパラオの現地住民から愛された。


そこがこのパラオの国旗に現れてるんだと思います。

この国旗は一般国民に公募をかけて最終的に
決めたのだそうです。

「青い太平洋に浮かぶ、黄色い月」

これが一番の人気でこの国旗になったそうです。

「太陽(日本)」があってこそ「月(パラオ)の輝きがある」という意味が
込められており、月が中心から微妙にずれているのは、
「日本に敬意を表し、同じでは日本に失礼だから」と、
わざと中心からずらしたといわれている。

それは日本の統治時代、日本人がパラオの人たちに
どんな対応をしてきたのかどんなに日本の国として
大事にいろんなことをしてきたことがパラオの人たちの
心に刻まれて「恩」を忘れないかということの現れだと
いうことなんだと思います。

そして1944年悲劇が始まる。
1944年米陸軍を指揮するマッカーサーは、
フィリピン攻略を有利に進めるため、「ペリリュー島」を
奪取しなければならなかった。

ペリリュー島を守備する日本軍は12,000人。

日本軍は、実に73日間にわたって、ペリリュー島を死守。

日本軍がそこで1万人以上死亡。

その戦争では
ペリリュー島の民間人には、ただの1人の犠牲者もでなかった。

そして私が感動した話

この当時の様子を知る、
ペリリュー島民の老人のコラム(毎日新聞)が残っている。

遠い南の島に、日本の歌を歌う老人がいた。

「あそこでみんな死んでいったんだ・・・」

沖に浮かぶ島を指差しながら、老人はつぶやいた。

太平洋戦争のとき、その島には日本軍が
進駐し陣地が作られた。老人は村の若者達と共に
その作業に参加した。日本兵とは仲良くなって、日本の歌を一緒に歌ったりしたという。

やがて戦況は日本に不利となり、いつ米軍が上陸しても
おかしくない状況になった。仲間達と
話し合った彼は代表数人と共に日本の守備隊長のもとを訪れた。

「自分達も一緒に戦わせて欲しい」と。

それを聞くなり隊長は激高し叫んだという。
「帝国軍人が、貴様ら土人と一緒に戦えるか!」

日本人は仲間だと思っていたのに・・・。
みせかけだったのか。裏切られた想いで、みな悔し涙を流した・・・。

船に乗って島を去る日、日本兵は誰一人見送りに来ない。
村の若者達は、悄然と船に乗り込んだ。

しかし、船が島を離れた瞬間に日本兵全員が浜に走り出てきた。
そして一緒に歌った日本の歌を歌いながら、
手を振って彼らを見送った。先頭には笑顔で手を振るあの隊長が。

その瞬間、彼は悟ったという。あの言葉は、
自分達を救うためのものだったのだと・・・。


日本人らしい。
それは民間人から犠牲を出してはいけないという
責任と愛国心、そして守らなければいけない民間人の命を思う
日本人の「心」だと私は感動して涙が止まらない。

そういう歴史があって、パラオ共和国の国民は
「親日」となってるのが国旗に現れてるということが
素晴らしい。

歴史の真実は残る。それがちゃんと今世に
受け継げられなけらばいけない。

日本人として本当に誇りを思います。

今そのペリリュー島民の老人の話を思い出しただけでも
涙が溢れます・・・。

私の話はかなり端折ってるところがあるかもしれません。
どうぞネットで調べてくだされば詳しく書かれてる方が
いっぱいいらっしゃると思います。

私のようにこの話を知らなかったという方が
いらっしゃればどうぞ観て、読んで感動を
して頂きたいです。

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  1. 想う事
  2. | comment:0

この頃のドラマ :: 2015/01/30(Fri)

ドラマいろんな局で始まりましたね。

○○妻が面白そうなので見始めたら
東山紀之の演技が大きな声だすし、大げさで
鼻についてきた。

なので今後は録画もしないかな。

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  1. 想う事
  2. | comment:1

ことわざでその国を知る/日本人の敵は日本にいる :: 2014/08/12(Tue)

私がこの頃想ってる事をブログに残そう。

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こんなバカな私でも理解してきた一部歴史の話。
知れば知る程、日本人ならもっと日本の事をもう一度
勉強するべきだとすごく思うこの頃。

日本の事が好きで長文でも読める!と思った方続きからどうぞ^^

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  1. 想う事
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